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2004年2月初旬 |
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東京都現代美術館での展示・レセプションを終えまして2週間ぶりに帰宅しましたところ 巨匠映画美術監督 木村威夫氏から留守電あり。「木村ですが‥え~‥‥。手紙を 書きます。」とのことで わくわくしながら手紙を待つことに。
ちなみに木村氏は昨年公開された「蒸発旅日記」の時の美術監督様です。
※仮面 映画詳細 木村威夫
程なく手紙が届きましたら思いがけないことに、これから撮る映画で使われる仮面の製作依頼でありました。
しかも なんと あの 鈴木清順監督の新作映画「オペレッタ狸御殿」ということで、大好きな監督の映画に参加できるかもしれない喜びに胸震えたのは言うまでもありません。 そして その時から 狸に踊らされる日々が始まったのです。
映画の初稿台本も届き その時点での仮面のイメージとしては、狸ヶ森のお姫様と乳母萩の局が狸の本性をあらわにし変身(狸に戻る?)する時につける 慈愛に満ちた顔との事で 特別リアルな狸の顔にこだわらなくても良いのなら 何とか作れるかもしれないと思ったのでした。
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2月後半 |
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お友達の緋衣汝香優理さんが「昔人形青山」の東京展に人形を出品するのを拝見するため上京‥‥の機会に打ち合わせ。
羽田空港から打ち合わせ場所の美術館に駆けつけたものの、プリペードカード携帯電話が使えないまま(肝心のカードが無かったため)連絡もできず会場でうろうろ。 約束の時間通りに到着はしていたのですが 後で聞くと2時間も前から会場に来ていたとのことで 何だかすごくお待たせしてしまったような 申し訳ない気持ちのご対面でありました。
「実は狸姫の仮面1個と普通の狸100個必要になったんだけど出来るかい?」 との言葉に「100個!」と絶句しながらも 「やりたい‥と思います」と気弱に答える私に「オリジナルを作ってくれればこちらで量産できるから」と優しくおっしゃって下さるのでした。
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3月初旬 |
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「球体関節人形展」の楽しい打ち上げ参加のため上京‥‥の機会に 打ち合わせ。
実は事前に仮面のイメージスケッチを用意して下さいと言われていたのですが、苦手な絵を描くよりも いっそ作ってしまおうと一気に3個作って鈴木清順監督との初顔合わせに挑むことに。 |
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「狸姫」と普通の狸「男」と「女」
多少目を たれ目にして
狸チックに仕上げたつもり
ではあったのですが‥‥
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前日の楽しい打ち上げは 朝まで続き 少々二日酔い気味ではあったものの 充分な時間を取って地図を片手にホテルを出発。大事な正念場だから道に迷ってはいけないと贅沢にもタクシーに乗ったのが運のつき 道路工事の通行規制で渋滞に巻き込まれ電車なら15分でいけるところを40分もかかってしまい そうだったここは都会なのだった…と気づく頃には待ち合わせ時間も過ぎて しかも普段持ち歩かない故の悲しい性で携帯電話もホテルに忘れて不携帯。ぱにくる私に優しくタクシーの運転手さんは自分の携帯を何度も(遅れた上に道にも迷った)貸して下さるのでした。
1分でも早くと着物姿で坂道を走り、打ち合わせの事務所のドアを開けしなに息も荒く「遅れて申し訳ありません」と登場。
すでに映画関係者の方々は打ち合わせ中で 電話で何度も中断させてしまった事も申し訳なく しょっぱなから大失態。
身の縮む思いで自己紹介もそこそこに震える手で 仮面を見せることに…。
「もう作ってきちゃったんだ」 と 巨匠K美術監督の第一声。
「しかし こういうのが部屋にあると怖いだろうねぇ…」と 巨匠S監督は言いながら 「見てすぐ 狸と判る顔にして下さい。」
と厳しい微笑を浮かべておっしゃるのでした。
「でも 狸の顔で美しい姫ってのは難しいんじゃないかねぇ」とフォローのK美術監督。「難しいから頼んでいるのですよ」と
これまた微笑のS監督。 居合わせた映画関係の人たちも 「耳をつけたらいいんじゃないか」「いや鼻だよ」等とあれこれ
狸の顔の特徴を教えて下さるのですが 汗だくで小さくなっていた私には言葉を返すゆとりもなく 心の中で『やっぱり狸だったのねぇ~ん』 と 今更ながら実感してしまうのでした。
ちなみに、私の資料としての美術館の図録を見ながら「伽井さんって人形も作ってるんですねぇ」との言葉に「人形を!作っているんです」という ひとこまも…。
「実は、私の本名は『たかい』と申しまして 作家名を決める時に 『た』 を抜いて 『かい』にしたんです。 つまり『たぬき』の作家人生を歩もうと…。 狸には とっても縁があるんですよねっ」 と 空しいジョークで軽い笑いをいただき 渡された動物園の狸の写真を手に その場を立ち去ったのでありました。
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3月中旬 |
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今度は作ってしまう前に 製作途中の段階で打ち合わせ出来るようにして下さいね とボツになった仮面へのねぎらいとも
受け取られる言葉を胸に、100個量産に向けて 油土で原型を作ることに致しました。 でも 狸って…どんなん?
なにぶん自分自身が どちらかというと狸っぽい容姿なので私の生活範囲の中で「狸」は抹殺されていたのでありました。
『どうして狐とか蛇じゃないの~』と軽い憤りを感じながらも 「お仕事 お仕事」と呟きながら狸の資料探しから始めることに。
そう、考えてみれば これって私にとっては始めての依頼を受けた「仕事」なんですもの。がんばらなくちゃ。
(前回の「蒸発旅日記」の時はイメージは伝えられたものの 顔は私好みで良いというありがたいお話でした)
「美しい姫の仮面だけ作ってくれれば、普通の狸の顔はこっちの美術スタッフが作ってもいいんだよ」との親切な言葉にも
「いいえ 普通の狸仮面も挑戦したいのです。」と鼻をふくらませて言っちゃったんだの。
それにしても狸って どうしても例のとっくりをぶら下げたひょうきんな顔しか浮かばない。アニメの狸もいっぱいあるけど、出来る限り夜店に並んでいるような面にはしたくない 作家として私らしいティストも入れ込みたい…と頭がぐにゃぐにゃするものだから いつまでも油土もぐにゃぐにゃ状態で一向に進まない日々。言い訳がましく言ってしまえば 動物の人形を(しかも狸!)作りたいと思ったこともない私にとって初めて味わう まるで修行のような日々なのでした。 何度も言うけど「ひょうきん」とか「ぽんぽこぽん」って なんか違う……。
とりあえず美しい狸のお姫様の仮面は後回しにして 普通の狸の男と女を何とか形にして画像を送ることに。
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[狸女]
自分で言うのもなんですが
狸というより猫か狐?
カンパネルラ~って感じ
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[狸男]
自分で言うのもなんですが
狸というより熊か犬?
なんだかおやじくさ~い |
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程なくプロデューサーのK氏から お返事の電話あり。「いやぁ~。監督が もうちょっとパラダイスな顔にして欲しいと言うんですが…パラダイスってなんでしょうねぇ~」と申し訳なさそうに明るく仰って下さるのでした。
『パラダイス…』という言葉に 目からうろこの私です。 そうだった 初めから依頼は 「喜んだ普通の狸」という事だったのに
狸の顔にばかり囚われていて「喜んだ」が抜け落ちていました。自分自身が喜んで作らなくちゃ 喜んだ顔なんて作れるはずもなく、又 下手な造形力を一度晒したことで 何か吹っ切れたような気がしました。 見ていて楽しい気分になる仮面を作らなくちゃ…。 うろこと一緒に「私の作風が~」なんて言ってた安っぽいプライドも ぽんぽこぽんと落ちてくれたのでした。
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3月後半 |
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気分も新たに、「狸らしさ」を念頭に顔の輪郭もデフォルメしつつ まずは思い切り笑った顔から作って見ました。
不思議なもので笑った顔を作っていると自分もつられて笑い顔になり 何だかとっても作ることが楽しくなってきたのでした。
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[狸姫]
何だかバンビちゃんみたい
獣の口で色っぽくというのは
難問かも…。 |
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こうなったら何度でも作り変えさせてもらおう…という 半ば開き直り状態で画像を送ったところ 「OKが出ましたよ」との
プロデューサーK氏の耳を疑うお電話が。 「ほんとですかぁ?」という私に「ちゃんと監督にOKのサインを頂きましたので
FAXします」…って さすが用意周到敏腕プロデューサーなのでした。
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← 鈴木清順様の OK サイン
折角ならばお名前も頂戴したかった
のですが… |
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本当にこれで良かったのかしら…と不安な気持ちを持ちつつも 期日も迫っている事だし きっと そんな迷う私を承知の上で神様がしくんでくれたOKサインなのかも…と都合のいい解釈をして いよいよ桐塑での製作開始となりました。
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2004年4月初旬 |
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撮影は5月頃とのことで4月いっぱいには100個仕上げなければなりません。「量産は映画のスタッフが作りますよ」の言葉にも「教室の生徒さん達が手伝ってくれますので大丈夫です。」と言い切ってしまったのは 最後の仕上げまで見届けたかったからに他ならず 『これも良い経験になるはず…』と呪文のように繰り返すのでした。
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顔のイメージは決まってるので
悩むことなく出来ました。 |
油土を石膏でかたどりし桐塑でぬいて成形作業 |
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続きまして |
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ホットメルトを
流し込んで… |
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桐塑をシリコンでかたどり |
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目とふちをきれいにして完了 |
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ホットメルトという素材はボンドの一種で 高熱でドロドロに溶かして使います。常温になれば固まるので型抜きする時は素早く抜けるのですが、以前煮えたぎるボンドを手に落とし火傷をしてから ちょっとご遠慮申し上げておりました。しかも強烈な煙と臭いのなかでの作業です。 北海道の4月は まだ庭に雪が残っていて窓を開けての作業はなかなか厳しいものがありましたが 気持ちは充分燃えていました。 1日目10個 2日目20個 …と次第に作業にも慣れ1週間で100個の型抜きは終了しました。
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4月中旬 |
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人形教室お助け隊参上!
土曜・日曜と大事な休日を 快くそして楽しく手伝って下さいました。 教室というよりも民芸品工房という感じ。 |
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マスクをつけて作業中 |
マスク(面)をつけて記念写真 |
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4月後半 |
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監督より一瞬で着用可能な口にくわえる仮面にして欲しいとの依頼で、あれこれ試行錯誤の上 ぴったりなものを発見。
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裏にはガーゼを貼り付けスポイトを… |
狸男仮面着用の図 |
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色塗り作業に入る前にプロデューサーK氏に画像を送ったりしたのですが、あちらもクランクインになり大忙しのご様子。こちらも引き続き作業続行で地色塗りへ…。形は同じでも色とメークで印象はずいぶん変わります。生徒様たちにそれぞれ自分好みのメークを試みてもらい コンペ(?)をしてみたところ 思いがけない技や発見があり とても参考になりました。
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塗り作業は暗くなるまで… 終了後は 楽しい宴会となります |
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狸らしさの象徴でもある目の周りの「くま」塗りが けっこう面倒なのでこんな方法を…
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装着
→ |
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これは何かというと… |
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吹き付け用のシリコンマスク |
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←ちなみにバックの写真は、目の隈を吹き付けた後 耳と鼻を入れた状態で新聞紙の上に並べて乾かしているところです。
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こんな写真も撮ってみた… |
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新聞の文字が目玉のようでちょっと怖い… |
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普通の狸の色塗りと平行して 狸姫の仮面も手がけていたのですが、狸の顔でとびきり美しく…という事が にこやかな顔を見慣れてしまった自分には逆に難しく感じられるのでした。 狸姫仮面は一個のみのため 製作途中記録写真が無く残念。
何とか形も決まり色塗りに入ったのですが、目の隈の色がなかなか思うように決まらず何度も塗り替えをすることに…。
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金隈パターン
あまりにも変だったので記念写真を…
受け狙いの画像ですが 作っている時は
けっこう本気です。
もともとの依頼は狸姫だというのに…
はたして大丈夫なのでしょうか |
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5月初旬 |
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普通の狸 男50個と女仮面50個 ついに完成!!!
画面では判りづらいのですが 目元に赤い色を入れ少々「歌舞伎ちっく」(?)にして見ました。 |
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普通の狸男 (TANUO) |
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普通の狸女 (TANUKO) |
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狸姫も何とか仕上がりました。 メークも普通の狸同様、より歌舞伎っぽく仕上げたつもりです。 |
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狸姫 (TANUHIME) |
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獣っぽい睫毛がお気に入り |
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記念撮影
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5月初旬 |
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「球体関節人形展」の楽しい打ち上げ参加のため上京…の機会に出来上がった仮面を持って撮影所へ。
そうしてまた 楽しい打ち上げは朝6時まで続いたのでした。前回は不覚にも、新宿ゴールデン街あたりで頭ぐるぐるの時があったので 今回は少々控えめに(?)飲み続けたおかげで二日酔いは無し。 2ヵ月前とは がらりと違う仮面を3個ぶら下げて東宝スタジオへ向かいました。
まるで初夏のような日差しの中、広い敷地の奥まったところにスタジオはあり そこだけ時が止まっているような独特な空気感が漂っていました。 スタジオの入り口外には何人かのスタッフの方達がおられ その中に木村威夫氏を発見。
ご挨拶もそこそこに 早速仮面をお見せすることに…。
「ふふっ。」 と 小さく笑って 「可愛いんじゃない」 と仰って下さいましたが、緊張でドキドキの私は 『乙女チックにし過ぎたということかしら…』と不安は隠せません。 そんな私をお見通しなのか 「出来上がったものは、それでいいんだよ。」と まさにプロのお教えのお言葉。 そう もう100個作ってしまったんだもの あれこれ言っても始まらない 腹をくくるしかないんだわ と思うのでした。
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撮影は朝から夜まで12時間
6時の休憩時間まで待つ間
撮影風景を見学させて頂きました
うっとりと映画作りの現場を堪能
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いよいよ休憩時間となり 審判の時が…。 はからずも巨匠S監督のみならず 連れ立った大勢の映画スタッフの方達の目前で 仮面を披露する羽目になってしまいました。
「ひゃひゃっ」
(…多分 「ふふっ」 と申されたのかもしれませんが、私の耳には 昔見たNHKの名作ドラマでの あの魚の入ったバケツをぶら下げている時の声のように聞こえたのです)
「チャンに似てるんじゃないか?」 とS監督。 (ちなみに チャンとは狸姫役の主演女優)
「監督 映画が終わったら お部屋に飾ったらいいんじゃないですか?」
「う~ん。化かされちゃったら困るねぇ。」
などと談笑しながら 休憩場所へ忙しく移動なさるご一行でした。 多分 何かねぎらいの言葉をかけて下さったのかも知れないのですが 緊張のあまり呆然となっておりましたものですから 記憶は定かではありません。
『それってOKって事よね…?』 と思いながら見送る私に 「まぁ 良かったですね。 え~それでですね…」と費用や仮面の送り先などのお話を続けるKプロデューサー様。 「弁当あるから食べて行きなさいよ」との お優しいK美術監督のお言葉にも 「いえ これで失礼いたします」 と 何だか逃げるようにその場を立ち去ってしまったのは 「ほんとにいいの?」という思いがまだ心の隅に残っていたからなのかも知れません。
予算もK美術監督の計らいで 考えていたよりも大幅UP。 事前に、映画の衣装については お聞きしてなかったのですが
役者さんの豪華絢爛な着物姿を垣間見て 歌舞伎っぽいイメージで作ったことも間違ってなかったと思われ そして何より
思っても見なった「チャンに似てる」という お言葉は もしかすると仮面の役割として大成功だったのではないか とも思えてきて ひたすら前向きに そしてやっと ひしひしと終わったことを実感する お酒の格別美味しい夜なのでした。
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次は いよいよ 100人の狸仮面撮影シーン!? ※一体いつになるのかな…
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