■与論民俗村
琴平神宮から西へ2H程の処に民俗村がある。近くの赤崎鍾乳洞も見たいと思ったが、客が少ないためか閉まっていた。
民俗村は個人で経営しており、サトウキビ畠の中に蘇鉄の並木があり、藁葺の建物が並んでいる。
門代わりの小屋に年寄りがおり、「珍しく客が来たな」といった顔をして券を渡してくれた。隣の母屋では織物やお菓子、焼物を土産として売っている。
藁小屋の幾つかに生活用具が雑然と集められていた。甕だけが並んでいる小屋があった。酒や醤油、油や水、穀物などを入れて貯蔵するもので、入口の小さなものは、タカセ貝という大きな巻貝を逆さにして蓋の代わりにしていた。
昔はサツマイモを常食にしており、芋をふかす大鍋や芋をスライスする芋切りがあった。金物が貴重だったので、ビロウの葉の水汲みやホラ貝の湯沸しが使われていた。棘の多いフグ科の針千本を天井より下げて、その下に食物を吊って鼠除けにしているのが面白かった。
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巻貝の水字貝は、表から見ると5つの突起が水の字状になっており、その形から火災除けや魔除けとして、勝手口や台処に飾られている。沖縄や奄美地方で広く行われている風習である。
与論島では旧暦の三月三日に、新生児の浜下りが行われる。新たに生まれた子どもに対して、男子にはティルとよぶ魚篭を、女子にはソィガマと称する笊(ざる)を持たせて、家族揃って御馳走を作り浜に出かける。
子どもの足を波打際の砂につけ、丈夫に育つように祈りながら食事をして、愉しい一時を過ごす。これを「浜下り」と呼んでいる。
与論島では他の大島郡の島とは異なり、沖縄方言に近い言葉が話されているが、この島特有の語彙も使用されている。 |