池添 博彦さん(いけぞえ・ひろひこ)
  1941年神奈川県横須賀に生まれる。帯広畜産大学を卒業し、北海道大学農学部大学院に進む。
 現在、帯広大谷短期大学文化人類学の教授として、「人間行動学」「社会環境学」「北方地誌論」「ボランティア論」などを教える。
  十勝古文書研究会顧問、万葉の会代表および講師、文化人類学博士(Ph.D.)。言語学に通 じ、日本及び世界の博物館、美術館巡りを愉しんでいる。


『国立民族学博物館』


 

 1970年に万国博が大阪で開催された。本格的な世界博覧会ということで、私も鉄道を乗り継いで、北海道から見に行った。
 米国館の月の石と、ソ連館の人工衛星やロケットを見るために、4時間近くも並んだことを覚えている。
 7年後の1977年、万博の跡地にできた国立民族学博物館は、日本で初めて現代的に整備された博物館である。
 国立民族学博物館(略称:民博)を開館当初訪れたとき、私はこれこそ長い間待ち望んでいた博物館だと思った。民博の内部は、通路に沿って民族具が所狭しと並べられ直接見ることができ、古典的な博物館で、ガラスケースを覗くスタイルとは異なっている。
 その後幾度も増設されたが、特にアジア部門の充実が大きい。私は初めに一人で民博を訪れてから、この感動を家族にも体験させたいと思い、横須賀に住む母を伴って出掛け、次に北海道から娘を連れていき、最後に妻と一緒に出掛けた。
 その後関西を訪れるたびに見に行っており、民博で一日を過ごすのが、私の愉しみとなっている。







 別館では折に触れた特別展示が行われており、訪れるたびに、さまざまな展示が愉しめる。
 民博は研究機関を併設しているので、関連の講演会やゼミナールが開かれている。
 民族学とは文化人類学とも呼ばれているが、世界の民族の文化と社会について、それらを比較しながら研究を進めていく。
 民博の展示は、世界をオセアニア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアと区分し、アジアをさらに西アジア、東南アジア、中央、北、東アジアに分けて、各区域ごとに生活用具を展示している。
 その他に、言語と民族音楽部門が独立したコーナーとなっている。アジア部門では、日本の中のアイヌ文化と、朝鮮、中国文化が、創設期以降に充実された。
 民博では各地から収集された実物展示のほか、各種の記録を集めたビデオフィルムがテーマごとに分類され、ブースで自由に見ることができる。



 民博の特徴は各地方の居住家屋をそのまま再現し、展示していることである。
 ココヤシの葉で葺かれたサモアの民家や、ロマ族の馬車の家、朝鮮の土壁の家、中国の四合院、日本の秋山卿民家、モンゴルのパオやゲル、アイヌのチセ、ウイグル族の住居などが、そのままの大きさで展示されている。
 どの部門も、いくら見ても飽きが来なくて楽しいのだが、ここに展示されている品々が、人の毎日の生活の中で大切に使われていたことを思うとき、それらの用具が身近でいとおしく感じられてしまう。
 中にはどのように使うのだろうと、首を傾げたくなるものも展示されている。一つ一つのものは、絶えず用いられてこそ、命が吹き込まれているが、人の手を離れてしまうと、単なるものになってしまう。
 展示をする以上、やむを得ないのだが、用具に生きた姿で接するためには実際にそれが使われている地域を訪れるか、オープンミュージアムで、各地方の人の生活を見る方法がある。
 特別展示では「ラッコとガラス玉」展をしていた。北太平洋の先住民の交易展であり、我が国のサンタン交易を含めて、サハリン、アムール川流域の交易や、千島、アラスカ、北米西岸における海獣皮とガラス玉、鉄製品などの交易品が展示されていた。
 工芸品としては木彫、樺皮細工、刺繍があり、海獣を模したり、渦巻模様をつなげた美しいカラフルな紋様が見られた。



 民博の展示で素晴らしいのは、壁面を埋め尽くす民具の数々である。アフリカの水入れに用いられる瓢箪は、外側に赤や黒で美しい絵や模様が描かれている。
 4mの高さもあるマコンデ族の木彫は、一本の木に何十人もの、さまざまな姿態の人々が彫られており、見ていて飽きることがない。


 日本部門では祭りと祀りのコーナーが豪華である。神を招くのに用いる扇や削りかけは、神よりも人が喜びそうに美しいものが多い。祭では牛鬼、花笠とともに、ねぶたの大山車、やごろどんの大山車は圧倒されてしまう。
 道祖神の仮面とシメ縄やシメ飾りもディスプレイが愉しくて面白い。特に一段と大きな藁(わら)製の道祖神の大仮面 は、緻密で巧みに作られておりその芸術的価値も高いと思われる。
 
 これまで十数回、民博を訪れているが、できればこれからも1年に一度は訪れて、心ゆくまで民族具の一つ一つと対面 し、目と心を愉しませたいと希(ねが)っている。 







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